日本イスラーム研究所


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神からの啓示

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聖クルアーンの最後の第30パーラという 30/30 部分の全37章の邦訳と詳しい解説

翻訳者と解説者

在日パキスタン人協会会長

フセイーン ハーン(東大修士)

 

 

フセイン・ハーン氏は紹介が必要な人物ではありません。彼は学生時代からジャマーティ・イスラミというパキスタンの有名な政党における宗教活動と社会改革活動で指導的な立場におり、また、その活動を活発に行っていた。

彼は日本で50年以上もイスラームへの呼びかけやダーワ-の活動を一生懸命に行っているし、また、イスラーム教の権威ある学者として尊敬され、とても有名である。彼は日本でイスラーム教の正しい考え方に基づいた、一番最初に出版された故ハージ・ウマル三田先生の翻訳に5年以上も協力しており、先生と一緒に訪れたサウジアラビアで、その翻訳が権威ある翻訳として認められ、出版のスポンサーになってもらうことができた。

フセイン氏はイスラーム教の世界一の学者であるパキスタンの故マウデューディ先生のあらゆる言語で翻訳され、計6巻で出版された「タフヒームル・クルアーン」という聖クルアーンの一番詳しい解説を日本語で自分で翻訳したいとの希望を若い時から持っていた。この本はその夢への一歩である。今後、さらに何冊も出すつもりである。そして、彼は、日本の知性に優れた方や学者たち、イスラーム教の研究者及びイスラームの本当の姿を理解したい一般の方にこの翻訳が役に立つだろうと思っている。・・・・・・・・・・・・”

Professor, Chuo University, Tokyo,

Dr., Hafiz, Mufti, Salimur Rahman Khan Nadwi,

 

聖クルアーンは、日本語を含めて世界の殆どの現代言語に翻訳されています。日本においても、ムスリムと非イスラーム教学者の方々が聖クルアーンの翻訳を上手にしたこともあります。フセイーンハーン氏は、イスラームの国で、イスラームの家族の中で、そしてイスラームの環境の中で生まれ育ちました。そして、日本に来て50年以上も長い間日本人と同じ暮らしをしながら、その間、日本の最高学府である東大修士課程を卒業し、そして、一神教を信じない非宗教的な社会(日本)に長い間暮らしていても、イスラームの戒律を遵守し、自分の私生活と社会活動の中においても、熱心にイスラーム教への呼びかけを続けています。こんな彼のような人による聖クルアーンの翻訳がずっと求められていました。聖クルアーンの翻訳は、その基本的な概念とイデオロギーと精神を自分の頭と心と精神と行動の中に吹き込んでおいて、日常生活でそれを実行しうる方こそが本当の翻訳者となれる資格を持っているのではないでしょうか?フセイーンハーン氏は、日本で初めて聖クルアーンの詳しい解説を執筆しましたが、非常に、聖クルアーンの教えを一番正しく、分かりやすく邦訳と解説しています。イスラーム教は本当にテロの宗教か、どうか、読者の皆さんが自分で判断して下さい。

信者の方々は、深い理解によって自分の信仰を強め、また日本を含め、現代の先進国で、精神的な悩みで自殺の多い時代で、聖クルアーンの読書によって得られる唯一の全能の神の応援で、全ての悩みと困難から解放されるような強い精神力を育つことを出来ます。そして、良い道徳心を育て、自分自身の幸せと、社会に平和と平等と正義をもたらせるようになるでしょう・・・。”                                  DR. ABDUR RAHMAN SIDDIQ

Chairman, International Muslim Center, Japan

目次 

第一部 

神からの啓示として、元のままに残されている聖クルアーンについて 

第1章 

内容 

ページ 

   *** 初めに

10

*** 神からの啓示が残ってないから混乱 

10

*** 啓示による平和と正義と平等の実績 

11

*** 啓示による人間革命の実績 

12

*** 人間革命で1400年間も世界のスーパーパワー 

13

*** 永久にこの啓示の保護の保証 

13

*** 啓示による人類の文明の発達 

14

*** 人類に神の最後のメッせージ 

15

*** 永久に続く啓示の守護のメカニズム 

16

*** 聖クルアーンの影響力に関して 

17

*** 内容について 

19

*** 頭を下げてサジュダをすべき箇所について 

21

*** この邦訳について 

21

 

第一部

神からの啓示として、1500年前からあ今まで元のままに残されている聖クラアーンについて

はじめに

神からの啓示が残ってないから混乱

アダムイヴが創られた時から、神、アッラー、の導きによって、人間がどんな時代でも、幸せと平和な暮らしが出来るように啓示されています。その為に各時代に、いろいろな国々で約20万人以上の預言者たちが現れました。しかし歴史上では、そういう昔からの神の啓示は殆ど残っていません。

その中で、約3000年前と2000年前に神、アッラー、から啓示されたユダヤ教とキリスト教が現在使っているトーラーと聖書が残っています。これは神、アッラー、から預言者イエスと預言者モーゼに啓示されたものでしたが、それにあとから神ではなく人間の宗教学者たちが、何の根拠もなく、勝手に自分たちの思い通りの考え方をそれらの中に徐々に入れ込みました。そのため、神からの啓示と、人間の付け加えたものの間に区別がつかなくなってしまったのです。こうして人類は、もともとの神の教えが何だったか、ということが分からなくなってしまったのです。

こういうことがあって、人類の遺産である神からの啓示に基づいた教えや導きが元のままに残っていないのです。世の中に不正義と、嘘と、騙しあいと、強いものから弱いものへの苛めや圧迫と、混乱と戦争等がしょっちゅう起こって、人間が不幸の苦しみを味わいているのはそのためです。人類の歴史を見ると、神が教えた真っすぐの道を歩まない場合、こういう酷い結末に直面するような結果が明らかに見えているのです。

啓示による平和と正義と平等の実績

しかし、イスラーム教の歴史の中ではそういうことはありませんでした。例えば、500年から800年ぐらいの間にずっと続いていたアラブ人のウマイッヤとアッバス帝国や、オスマントルコ帝国や、インドにいたムガール帝国や、800近くにわたりイスラーム教徒支配下にいたスペインやインドでは、あらゆる民族が一緒に仲良く、平和に暮らしていましたし、また一度も小さな民族紛争も起こりませんでした。

シャリアという神、アッラー、から聖クルアーンとハヂース(預言者の教え)に定められた法律の下で行われた正義に、非イスラーム教徒少数派も一度も不満を持たないでずっと満足していましたし、またお互いの人間関係も皆がうまく行っていました。いまでも、血縁関係のない違う民族のイスラーム教の信者等が、お互いに兄弟同様に扱っています。

シャリヤを実行するために、宗教の学者たちが裁判官として政府から任命されていました。彼らは政府の支配者や王様たちが何か違反したら、何も怖がらないで、勇気を出して正義を行いました。そのような支配者たちが罰せられるような判決も自由に出されていました。神からの啓示に基づいた法律として、シャリアが実行されていたからどんな弱い民間人も強い者に苛めや圧迫されなかったのです。シャリアの下では、不正義のことが一切あり得ないようになっていたのです。

世界の歴史で、イスラのーム教の支配下で正義と平和と平等などが出来たのは、神から啓示された聖クルアーンの教えの結果でした。

啓示による人間革命の実績

不思議なことは、歴史に言及する価値や貢献が何もない、ずっと何世紀も砂漠において貧乏暮らしに馴染んでいたアラブ民族の精神力がびっくりするほど変わったことです。神からの啓示を受けた砂漠の遊牧民族のなかには、世界の支配者になるぐらいの力と知恵が沸き上がりました。それほど人間を革命的に変えることが可能になったのは、やっぱり聖クルアーンの形で神の啓示に従ったからです。

人間革命で1400年間も世界のスーパーパワー

6世紀から20世紀初めまで、約1400年間世界のスーパーパワー(Super Power)の役名を果たしてきたのはイスラーム教の信者等でした。世界中にわれらの支配力が予言者モハッマド(彼に平安があれ)の時代から始まって、インドの、1857年にムガール帝国が終末するまで、また1923年にオスマントルコ帝国の終結まで14世紀もの長い期間続いていました。それに比べると、18世紀から21世紀のあいだ、現代ヨーロッパやソ連()、アメリカの世界支配がただ200年も続かなかったのです。その違いは神からの啓示を受諾するか、しないかの違いなのです。

永久にこの啓示の守護の保証

同じく神から啓示されたキリスト教の聖書やユダヤ教のトーラーと違って、イスラーム教の場合は、アッラーがずっと審判の日まで、聖クルアーンを守護することを保証しています。アッラーは、自分のこの最後の啓示された教えが、人類の導きのため、この世の中が終わるまで聖クルアーンの形で残して置くこととしているのです。だから誰に対しても、これの一文字も変わらいないように守っていくという約束しているのです。

下記の節の意味は、皆にそういうふうに理解されています。人類の導きの為に神、アッラーは、聖クルアーンを啓示したから、それをもとのままに、それの一文字や、言葉や、内容が絶対に変わらいないように守護しておくということになっているのです。これにどんな偉い人間の考え方も、預言者モハッマド〈彼に平安があれ〉みたいな偉い方の教えもこれに混ざらないように、アッラーがずっと保護していくことになっています。預言者の教えも権威のある大事なものですが、それも聖クルアーンに混ざらないようにハヂスと言われて、別で大事に保管されているのです。聖クルアーンの場合は神、アッラーからの直接な啓示として永久に残されるということになっています。このことを聖クルアーンではアッラーがこういうふうに述べています。

اِنَّا نَحْنُ نَزَّلْنَا الذِّكْرَ وَاِنَّا لَہٗ لَحٰفِظُوْنَ۝۹ [١٥:٩]

(15-9)本当にわれこそは,その御言葉(聖クルアーン)を啓示し,必ずそれを(審判の日までに)守護するのであろう

啓示による人類の文明の発達

キリスト教の聖書とユダヤ教のトーラーも元々は神、アッラーからの啓示のものでした。しかし、神はその内容と言葉を、聖クルアーンと同じくずっと守護しておくという約束をしなかったのです。その理由は、23千年前に人類の文化がまだ発達してなかったからです。それに、直ぐに発達するような見込みもなかったからです。

けれども6世紀に預言者モハッマドが現れた時には、聖クラアーンで神の教えによって人間のあらゆるすべての分野、学問や、科学や、通信や、情報や、報道や、産業や、貿易や、人類の文化など全部が著しく発達していくことを、アッラーは良く予知していました。だからその教えを変えられないように守護すれ必要があったのです。だからトーラーや聖書が下さった時代より聖クルアーンを啓示された時代とそのあとから人類が将来で発達出来ることの見込みが良く分かっていた神、アッラーは、聖クルアーンを守護することを決定したのだろうと思います。

人類に神の最後のメッセージ

また予言者モハッマド(彼に平安があれ)は、人類の歴史上に送られてきた約20万人の預言者等の中で、最後の預言者として決定されていました。その局面からみても、聖クラアーンが最後の予言者通じて、人類に対する神、アッラーの最終のメッセージとなったのです。

だから、神のこの最後のメッセージが元のままで、何の変更もなく、その一文字や、一行一行の言葉や内容も、人間の勝手な考え方が混ざらないように守護しておく必要性があったのです。それで神、アッラー、は先ほどの節(15-9)で、これがこの世の中が終わる最後の日まで、元の純粋の言葉のままで守護しておくことが約束したのです。

 永久に続く啓示の守護のメカニズム

6世紀からの世界の歴史で、イスラーム教の支配下で正義と平和と平等が維持出来たのは、神からの啓示された聖クルアーンの教えが引き起こした結果でした。その時から今の21世紀までの1500年の間、どういうふうにこれが守護されてきたのか?また今から審判の日まで、どういうふうにして聖クルアーンが何の変わりもなく、人間の考え方が何も混ざらないように純粋に元の文字のままで守護されていくのか?そのメカニズムを神、アッラー、はどういうふうにそれを引き起こしたのか?

そのメカニズムが、ハフィズという信者です。過去1500年の間にも、これからこの地球の最後の日までも、各時代で、各イスラームの国で、何百万や何千万人がハフィズになるようになっています。ハフィズという信者がどういう方なのか?それは、聖クラアーンを初めの第一節から最後の節まで、全ての何千節を子供の時から何年もかけて完璧に暗記する人のことをハフィズというのです。

そういうハフィズという信者たちが、毎年世界中の各国で、世界中のモスクで断食の月ラマデャンの時に毎晩行われている20回のタラーウィーという礼拝ヤサラートの中で、それのイマムとして、大きな声で聖クラアーンを初めから終わりまで読誦しています。毎晩聖クルアーンの全部の30部やジュズの中から、順番に約1部を平均として読誦しています。そうやって主に27日に全部の30部を読誦して、初めから終わりまで読み上げているのです。

もし世界中のどこかの国の印刷屋が聖クルアーンの一文字でも間違って印刷してしまったら、その国にいるハフィズたちが直ちにそれを直ぐ直してしまうでしょう。そういうメカニズムによって聖クラアーンが、一文字も変わらないように神に守護してもらっているのです。どんな時代でも、どこの国でも、イスラーム教の信者等の中にある何千万人の心や頭に聖クルアーンが暗記されたまま、彼らが死ぬまで守っています。こういうメカニズムによって聖クラアーンが何の変りもなく、元のまま永久に残っていくということなのです。この方法で過去1500年の間にも、またこの世の最後の日まで、これからの何千年の間も、アッラーは聖クルアーンを守護する自分の約束を果たしていけるではないでしょうか?

聖クルアーンの影響力に関して

信者ではないメッカの方々が信者を強力に迫害していた時期のこと、聖クルアーンをたまたま聞いているときに無意識にサジダをしてしまいました。その時預言者モハッマド(pbuh)は、彼に初めて啓示されていた第53章「星(アン.ナジャム)」を読誦していたのです。無信者の行ったサジダの噂を聞いて迫害されて遠いアフリカの国へ逃げていた信者の一つの団体が「無信者が改宗してイスラーム教に入ったかな」と思ってメッカへ戻ってきました。無信者は、自分たちのいきなりやったサジダの行為に気がついて、自分自身もびっくりして、そのサジダのことを「無信者として信者と同じ行為するのは自分たちの間違いだった」といって自分たちの改宗のことを否定しました。このことからも、無信者であっても聖クルアーンの偉大な御方の元の言葉を理解したときは、どれほど彼らの心も動いてしまうのか、ということがこの出来事で良く分かります。

だから信者たちも聖クルアーンの読誦をしながらそういう箇所まできたら自然と、神の前に頭を下げてサジダをする気持ちになりますし、またそうするように定められているのです。ですから、そういう出来事で聖クルアーンの言葉を理解した上に読誦した方がどれほど人間の心を動かすのか、それでどれほど人間の心が安らぎを感じるのか図りきれないのです。

東京でサウジアラビアの無料でアラビア語を教えている六本木方面にある学院で、一人の女の学生さんがお医者さんから「一か月以内に癌で死ぬだろう」と告げられました。お医者さんたちにもどうにも出来ないと言われて、彼女は仕方なく、信者でもないのに、アラビア語も分からないのに、その学院から聖クラアーンの録音されたCDを借りて朝から晩まで毎日その聖クルアーンを聞いていた。彼女が一か月たってからまた同じお医者さんたちに見て貰ったら、癌が全部消えているという結論だった。この出来事で分かるとおり、理解できなくても、人類の主アッラーの聖クルアーンの形である元の言葉の強力な影響力があらわれるのです。

内容を理解した上で聖クラアーンを読誦した場合は、そういう人類の主から授けられた元の言葉の影響力が何倍にもなって、現世でも来世でも、人間の幸せに繋がると思いませんか?

内容について

聖クルアーンは30部に分かれています。それの1/30は一つのジュズやパーラと言われています。これはその最後のパーラ第30部の全ての37章の邦訳と詳しい解説です。この最後のいくつかの章をイスラーム教徒の皆さんが暗記して毎日の5回の礼拝時に読誦しているのです。ですからこの邦訳と同時にその説明も解説の形で出しているのです。それで毎日の礼拝時に、その章をよく理解した上で読誦することが出来るのです。またこのいろいろな解説でイスラーム教の全ての基本的な概念と信条が良く分かるようになっています。それで、イスラーム教の信者の信仰の基礎が強くなると思います。

またイスラームのことを初めて知った方も、世界で1/5以上人口の方々の宗教だけではなく、日常生活のあり方も良く分かるようになると思います。これで現在西洋の先進国、特にアメリカとヨーロッパ等の指導者、学者とメヂーヤなどがわざとイスラームはテロの宗教だというイメージをでっち上げていることの嘘も明らかに分かります。

また現代世界でどこでも、イスラームが一番伸びている宗教と言われています。不思議なことには、そういう反イスラームプロパガンダをやっている西洋の国々にイスラーム教に入信する人が一番多いのは不思議なことです。反イスラーム学者バルナード・レヴィスは、今世紀が終わるまでにヨーロッパ全体がイスラームの国々になる予測しています。この予測に対して英語でかかれた私の詳しい記事を私のホームページでご覧ください:

http://www.dawahislamia.com/europe-to-become-islamic-continent-in-50-years.php

このことに対しては、出版社幻冬舎新書が出した世界はこのままイスラーム化するのか」という中田考 ()島田裕巳 ()先生たちの本で詳しく分析されています。

この邦訳は、サウヂアラビアから世界一のイスラーム学者としてファエサル賞を受け取ったパキスタンの権威のある有名な故サイッヤド・アブルアーラ・マウデュディー先生の6冊の解説に基づいて行っています。と言うのは、私が3、40年前にパキスタンのラーホル市にその先生に挨拶に行った時、既に彼の言葉は世界のいろいろな言葉で翻訳されていたのですが、トルコでもパキスタンよりよく売られている6冊のタフヒームル・クルアーンの邦訳をその先生から任命されたのです。その邦訳を、死に近い年になってからやり始めているのです。

頭を下げてサジュダをすべき箇所のことについて

“聖クラアーンのサイドラインには、いくつかの箇所でサジダという言葉が書かれています。聖クラアーンを読誦しているときにそういう箇所まできた場合は、サジダの動作をするべきと定められています。サジダとは、5回の礼拝の時に頭を下げてひたいを大地までもっていく動作のことを言います。その偉大な御方から授けられた元の言葉を理解した上でそのまま読誦しそういう箇所まできたときには、なんとなく人間の心や気持ちが神の前に頭を下げて主のことを褒め称えるような気持ちになります。

この邦訳について

故マウヅヂ先生は、その有名な権威のある6冊以外に、解説なしで一冊だけにまとめたパキスタンのウルドウー語に翻訳しているものがあります。第一部、パーラ1から第29部、パーラ29まで、私もなるべく解説なしで、まず邦訳だけしようと思っています。解説の代わりにブラケットの中に短く説明のつもりでいろいろな言葉を入れて各節が良く分かるようにしています。ブラケットにある言葉は聖クルアーンの本文のことばではありません。

けれども、第30部、パーラ30の扱いはちがいます。これから提供するのは、その30部の邦訳と内容の詳しい解説です。聖クルアーンに基づいてイスラーム教の基本的な教え、概念、信条とすべての考え方の詳しい説明をしているのです。

故マウヅヂ先生は、聖クラアーンのあらゆる言語にあるような各節の別々の翻訳をしていないのです。一つの章のすべての節をいくつかのパラグラフに分けて、かくパラグラフに一つの考えやアイデアとして翻訳しているのです。この邦訳もそのパターンで行い、聖クルアーンの内容をもっとわかりやすくしているのです。

そういう聖クルアーンの理解を進めたいという気持ちで、この邦訳と説明を提供しているのです。(フセイーン。ハーン、東大修士)