日本イスラーム研究所 Japan Islamic Research Institute


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人類の幸せのために天から下さった神の導きの一番正確な分かり安い邦訳と解説

日本(にほん)歴史(れきし)初めて(はじめて)

聖クルアーンの正し

い分かりやすい邦訳

COMPLETE JAPANESE TRANSLATION OF 1st juz (PARA) 1 (ALIF.LAM.MEEM)

聖クルアーンのアリフ・ラム・ミームと言う最初の1/30部分である

第一ジュズやパーラ

アリフ・ラム・ミームの邦訳

 

 

TRANSlation & Explanations By

Hussain Khan, M. A. Tokyo

翻訳者と解説者: フセイーン ハーン(東大修士)

 

MOST AUTHENTIC EXPRESSION OF DIVINE GUIDANCE FROM GOD FOR HUMANITY IN JAPANESE

for the first time in the history of Islam in Japan

聖クルアーンの一番長いアリフ・ラーム・ミームという第一章の最初の第一ジュズやパーラに入っている部分の邦訳

(せい)クルアーン(くるあーん)30部(30ぶ)分かれて(わかれて)います。それの1()/30(30)一つ(ひとつ)のジュズやパーラ(ぱーら)言われて(いわれて)います。これはその最初(さいしょ)第一(だいいち)ジュズ(じゅず)パーラ(ぱーら)全部(ぜんぶ)完璧(かんぺき)邦訳(ほうやく)です。

邦訳(ほうやく)中身(なかみ)について

サウヂアラビア(さうぢあらびあ)から世界一(せかいいち)イスラ(いすら)()学者(がくしゃ)としてファエサル(ふぁえさる)(しょう)()()ったパキスタン(ぱきすたん)権威(けんい)のある有名(ゆうめい)()サイッヤド・アブルアーラ(あぶるあーら)マウドヂ(まうどぢ)先生(せんせい)6()(さつ)でだしている解説(かいせつ)基づいて(もとづいて)この邦訳(ほうやく)しているのです。(やく)30や40年前(40ねんまえ)(わたし)は、パキスタン(ぱきすたん)ラーホル(らーほる)()日本(にほん)からその先生(せんせい)挨拶(あいさつ)行った(いった)(とき)に、(かれ)世界(せかい)のいろいろな言葉(ことば)翻訳(ほんやく)されていて、トルコ(とるこ)でもパキスタン(ぱきすたん)よりよく売られて(うられて)いる6冊(6さつ)タフヒームル(たふひーむる)クルアーン(くるあーん)言う(いう)(せい)クルアーン(くるあーん)大事(だいじ)タフシール(たふしーる)解説(かいせつ)邦訳(ほうやく)をその先生(せんせい)から頼まれた(たのまれた)、いや、任命(にんめい)された。その邦訳(ほうやく)(わたし)が、(いま)()近い(ちかい)(とし)になってからやり始め(やりはじめ)ているのです。

故マウヅヂ(ゆえまうづぢ)先生(せんせい)は、(せい)クラアーン(くらあーん)のあらゆる言語(げんご)であるような各節(かくせつ)別々(べつべつ)翻訳(ほんやく)をしていないのです。一つ(ひとつ)(しょう)のすべての(せつ)をいくつかのパラグラフ(ぱらぐらふ)分けて(わけて)、各パラグラフ(ぱらぐらふ)にある一つ(ひとつ)考え(かんがえ)アイデアー(あいであー)として翻訳(ほんやく)しているのです。この邦訳(ほうやく)もそのパターン(ぱたーん)でやって、(せい)クルアーン(くるあーん)内容(ないよう)をもっと分かりやすくしているのです。

初め(はじめ)

(せい)クルアーン(くるあーん)影響力(えいきょうりょく)にたいして

 “(せい)クラアーン(くらあーん)サイドライン(さいどらいん)ではいくつかの箇所(かしょ)サジダ(さじだ)という言葉(ことば)書けられて(かけられて)います。(せい)クラア(くらあ)()読誦(どくしょう)しているときにそういう箇所(かしょ)まできた場合(ばあい)は5回の礼拝(れいはい)(とき)頭を下げて(さげて)大地(だいち)までもっていく動作(どうさ)のことがサジダ(さじだ)といって、同じく(おなじく)サジダ(さじだ)動作(どうさ)がするべきことが定められて(さだめられて)います。その偉大(いだい)御方(おかた)から授けられた(さずけられた)(もと)言葉(ことば)理解(りかい)した(うえ)にそのまま読誦(どくしょう)しているときそういう箇所(かしょ)まできたときには、なんとなく人間(にんげん)(こころ)気持ち(きもち)(かみ)(まえ)(あたま)下げて(さげて)(しゅ)のことを褒め称える(ほめたたえる)ようになります。

 信者(しんじゃ)ではないメッカ(めっか)方々(かたがた)信者(しんじゃ)強力(きょうりょく)迫害(はくがい)していた時期(じき)に、一度(いちど)(せい)クルアーン(くるあーん)をめずらしく、たまたま、聞いて(きいて)いるときに無意識(むいしき)サジダ(さじだ)してしまった。その(とき)預言者(よげんしゃ)モハッマド(もはっまど)(かれ)初めて(はじめて)啓示(けいじ)されていた第53章(だい53しょう)(ほし)アン(あん)ナジャム(なじゃむ))を読誦(どくしょう)していたのです。無信者(むしんじゃ)サジダ(さじだ)(うわさ)聞いて(きいて)無信者(むしんじゃ)改宗(かいしゅう)してイスラーム(いすらーむ)(きょう)入った(はいった)だろうと思って(おもって)迫害(はくがい)されて遠い(とおい)アフリカ(あふりか)(くに)逃げて(にげて)いた信者(しんじゃ)一つ(ひとつ)団体(だんたい)メッカ(めっか)戻って(もどって)きました。が無信者(むしんじゃ)自分(じぶん)たちのいきなりやったサジダ(さじだ)行為(こうい)()がついて、自分自身(じぶんじしん)もびっくりしてそのサジダ(さじだ)のことが無信者(むしんじゃ)として信者(しんじゃ)同じ(おなじ)行為(こうい)するのは自分(じぶん)たちの間違い(まちがい)だったといって自分(じぶん)たちの改宗(かいしゅう)のことを否定(ひてい)した。けれども無信者(むしんじゃ)(せい)クルアーン(くるあーん)偉大(いだい)御方(おかた)(もと)言葉(ことば)理解(りかい)したときは、どれほど彼ら(かれら)(こころ)動いて(うごいて)しまうのか、ということは、この出来事(できごと)で良く分かります(わかります)。だから信者(しんじゃ)たちも(せい)クルアーン(くるあーん)読誦(どくしょう)をしながらそういう箇所(かしょ)まできたら自然(しぜん)と、なんとなく、(かみ)(まえ)(あたま)下げて(さげて)サジダ(さじだ)する気持ち(きもち)になりますし、またそうするように定められて(さだめられて)いることもあるのです。

またそういう出来事(できごと)(せい)クルアーン(くるあーん)言葉(ことば)理解(りかい)した(うえ)読誦(どくしょう)した(ほう)がどれほど人間(にんげん)(こころ)を動かすか、それでどれほど人間(にんげん)(こころ)安らぎ(やすらぎ)感じる(かんじる)のかを図りきれない(はかりきれない)のです。

 東京(とうきょう)サウヂアラビア(さうぢあらびあ)のただでアラビア語(あらびあご)教える(おしえる)六本木(ろっぽんぎ)方面(ほうめん)にある学院(がくいん)一人女(ひとりおんな)学生(がくせい)さんがお医者(おいしゃ)さんたちから一か月(いっかげつ)以内(いない)(がん)死ぬ(しぬ)だろうと判断(はんだん)された。お医者(おいしゃ)さんたちにもどうにも出来ない(できない)言われて(いわれて)彼女(かのじょ)仕方(しかた)がなく、信者(しんじゃ)でもないのに、アラビア語(あらびあご)分からない(わからない)のに、その学院(がくいん)から聖クラアーン(くらあーん)録音(ろくおん)されたCD(CD)借りて(かりて)(あさ)から(ばん)まで毎日(まいにち)その(せい)クルアーン(くるあーん)内容(ないよう)を、分からなくて(わからなくて)も、聞いて(きいて)いた。彼女(かのじょ)一か月(いっかげつ)たってからまた同じ(おなじ)お医者(おいしゃ)さんたちに見て(みて)貰ったら(もらったら)、その判断(はんだん)(がん)証拠(しょうこ)全部(ぜんぶ)消えて(きえて)いる、という結論(けつろん)だった。この出来事(できごと)理解(りかい)しなくても人類(じんるい)(しゅ)アッラー(あっらー)(せい)クルアーン(くるあーん)(かたち)である(もと)言葉(ことば)強力(きょうりょく)影響力(えいきょうりょく)があらわれているのです。

 内容が分かった上に(せい)クラアーン(くらあーん)読誦(どくしょう)した場合(ばあい)は、そういう人類(じんるい)(しゅ)から授けられた(さずけられた)(もと)言葉(ことば)影響力(えいきょうりょく)何倍(なんばい)にもなって、現世(げんせい)でも来世でも、人間(にんげん)幸せ(しあわせ)繋がる(つながる)思いません(おもいません)か?

そういう(せい)クルアーン(くるあーん)理解(りかい)進める(すすめる)気持ち(きもち)でこの邦訳(ほうやく)とそれの説明(せつめい)提供(ていきょう)しているのです。(フセイーン(ふせいーん) ハーン(はーん) (とう)大修士(だいしゅうし)

第一ジュズやパーラ

アリフ・ラム・ミームの邦訳

1.  開端( (アル・ファーティハ)
(しょう)説明(せつめい):

本章(ほんしょう)クルアーン(くるあーん)冒頭(ぼうとう)序説(じょせつ)で,開端(ひらきはじめ)()アル(ある)ファーティハ(ふぁーてぃは)()(しょう)名付けられ(なづけられ)マッカ(まっか)時代(じだい)最初期(さいしょき)啓示(けいじ)一つ(ひとつ)である。これは全クルアーン(ぜんくるあーん)精髄(せいずい)(一番優れて)であり,また強い(つよい)祈り(いのり)語気(ごき)「-鋭く相手やりこめるをおび(持つ)アッラー(あっらー)示された(しめされた)祈り方(いのりかた)模範(もはん)である。われわれがアッラー(あっらー)(たた)え,アッラー(あっらー)人間(にんげん)関係(かんけい)((くま)?)(そう)し,または礼拝(れいはい)捧げる(ささげる)ときなど, 日頃(ひごろ)つねに唱える(となえる)ので,7()つの繰り返される(くりかえされる)諸節(もろぶし)(しょう)礼拝(れいはい)(しょう)祈り(いのり)(しょう)などとも呼ばれる(よばれる)。また讃美(さんび)(ほめたたえること)謝恩(しゃおん)(受けた(うけた)(おん)対す感謝の気持ち。また,その気持ち表す(あらわす)こと)本源(ほんげん)(おお もと),至宝(しほう)(きわめて大切(たいせつ)(たから))一切(いっさい)治療(ちりょう)などと多く(おおく)章名(しょうめい)呼ばれて(よばれて)いる。

およそアッラーヘ(あっらーへ)讃美(さんび)が,われわれの深奥(しんおう)深く,容易にはかり知れない・こと(さま)。の((たましい))から発する(はっする)ならば,それはアッラー(あっらー)御心(みこころ)合致(がっち)するのは自然(しぜん)である。すなわち讃美(さんび)(まこと)傾けて(かたむけて)礼拝(れいはい)捧げる(ささげる)ことによって(たましい)高揚(こうよう)(精神気分などが)高まること。また,高めること)される。そこには(まこと)(ぜん)との調和(ちょうわ)があって,あらゆる(あく)不幸(ふこう)締め出される(しめだされる)アッラー(あっらー)明確(めいかく)意識(いしき)して,御前(ごぜん)まかり出(まかりで)厚かましく人前)に出るで(123(だい1,2,3せつ)),その無限(むげん)偉力(いりょく)有り難さ(ありがたさ)(なか)にひたり,いちずに服従(ふくじゅう)帰依(きえ)しまつり,アッラー(あっらー)導き(みちびき)助け(だすけ)(した)に(4(だい4せつ)),正しい(ただしい)(こころ)持ち方(もちかた)行為(こうい)あり方(ありかた)自然(しぜん)のうちに会得(えとく)し(567(だい5,6,7せつ)),正しい(ただしい)(みち)行く(いく)イスラーム(いすらーむ)秩序(ちつじょ)ある平安(へいあん)日常(にちじょう)生活(せいかつ)がうちたてられる。かくしてアッラー(あっらー)恩恵(おんけい)十分(じゅうぶん)与えられ(あたえられ)現世(げんせい)および来世(らいせ)において至上(しじょう)幸福(こうふく)成就(じょうじゅ)することになる。ウマル(うまる)三田(みた)先生(せんせい)解説(かいせつ)

1. 慈悲(じひ)深い(ぶかい)何回(なんかい)何回(なんかい)無限(むげん)慈悲(じひ)下さる(くださる)アッラー(あっらー)御名(みな)において(始めます(はじめます))。

2~4)((解説1)) すべての称讃(しょうさん)属す(ぞくす)のは万有(ばんゆう)諸世界(しょせかい)(しゅ(解説2))アッラ(あっら)-だけに。(アッラー(あっらー)は)慈愛(じあい)深き(ふかき)何回(なんかい)何回(なんかい)慈悲(じひ)下さる(くださる)御方(おかた)で,審判(しんぱん)()主宰者(しゅさいしゃ)でもある。

(5):わたしたちはあなたにのみ服従(ふくじゅう)し、従え(したがえ)崇め仕い(あがめつかい)((解説3))あなたにのみ御助け(おたすけ)求める(もとめる)

(6~7):わたしたちをまっすぐの正しい(ただしい)(みち)(みちび)下さい(ください) あなたが御恵み(おめぐみ)下された(くだされた)人々(ひとびと)(みち)に,あなたの怒り(いかり)受けた(うけた)(もの),またあなたの教え(おしえ)拒んで(こばんで)それを曲げた(まげた)人々(ひとびと)(みち)ではなく((解説4))

解説(かいせつ)1):このアル・ファーテハという(しょう)アッラー(あっらー)自分(じぶん)のしもべたち、人間(にんげん)()教えた(おしえた)。その目的(もくてき)人間(にんげん)が自分の願い事(ねがいごと)という(かたち)万有(ばんゆう)(しゅ)提供(ていきょう)するようにであった。

解説(かいせつ)2):ここであるラッブ(らっぶ)(しゅ))という言葉(ことば)アラビヤ語(あらびやご)三つ(みっつ)意味(いみ)使われて(つかわれて)いるのです:(1)マスター(ますたー)オナー(おなー)(2)面倒(めんどう)見る(みる)(かた)世話(せわ)をしてくれる(かた)生れた(うまれた)(とき)から死ぬ(しぬ)まで人間(にんげん)必要(ひつよう)なもの全部(ぜんぶ)与えて(あたえて)育てる(そだてる)(かた)保護者(ほごしゃ)。(3)統治者(とうちしゃ)ルーラー(るーらー)支配者(しはいしゃ)全て(すべて)権限(けんげん)権力(けんりょく)持ち主(もちぬし)絶対者(ぜったいしゃ)

解説(かいせつ)3):ここであるイバダー(いばだー)という言葉(ことば)アラビヤ語(あらびやご)三つ(みっつ)意味(いみ)使われて(つかわれて)いるのです:(1)崇め仕え(あがめつかえ)ること(2)服従(ふくじゅう)することと従う(したがう)こと(3)召使(めしつかい)使用人(しようにん)(しもべ)奴隷(どれい)になること。

解説(かいせつ)4):人間(にんげん)(かみ)(しもべ)として自分(じぶん)人生(じんせい)現世(げんせい)でもまた来世(らいせ)でも幸せ(しあわせ)暮らす(くらす)ように真っ直ぐ(まっすぐ)(みち)導き(みちびき)をここで祈って(いのって)いる。それの答え(こたえ)としてアッラー(あっらー)がこの(せい)クラアーン(くらあーん)与えた(あたえた)。それはわたしたちがこれから教えて(おしえて)貰う(もらう)ことになるのです。

2.雌牛(アル・バカラ)
章の説明:

本章は,第6771節にある,雌牛をアッラーに供える物語にちなみ雌牛章と名付けられる。本章はクルアーンの総説ともいうべき,イスラームの教えが全般にあたって記されている。

内容の概説

129節,信者,不信者,にせ信者の3つの部類の人間が,アッラーの啓示をそれぞれいかに受け入れたかについて,信仰の奥義的立場から述べられる。第3039節,人間の創造のことにおよび,そのたどる運命を明らかにする。第4086節,イスラエルの子孫たちの物語が,その民族的記録や伝説にもとづいて語られ,かれらがどんな恩恵を受け,それをいかに誤って使ったかを明らかにして,人びとに対し教訓を与える。第87121節,とくに,ムーサー(モーゼ)とイーサー(キリスト)が,無法な人びとに悩まされたことについて述べ,啓典の民が,邪見や高慢さから真の使徒ムハンマドを,愚かにも拒否し続けたことにおよぶ。第122167節,カアバは礼拝を挿げる方向〔キブラ〕であり,またそれはイスラームの統一の表徴であることを明らかにする。

168242節,飲食物,遺産,斎戒,聖戦,酒,とばく,孤児,婦人問題その他の社会的諸問題について述べ,なお,信仰の外形よりも根底の精神と実行こそ大切であることが,第177節でとくに強調されている。第243253節,聖戦についてとり上げ,イーサーの物語と対照して,タールート(サウル),ジャールート(ゴリアテ)およびダーウード(ダビデ)らの物語につき誤解がないよう注意がなされている。第254283節,人間の真の価値は,意志が堅固でくじけることなく,博愛で強い信仰をもつことが教えられ,ことに第255節の玉座節では,アッラーの偉大さについて注意がうながされる。第284286節,信仰,服従,各人の責任の自覚が強調され,信仰生活の強化のための祈りをもって終っている。ウマル(うまる)三田(みた)先生(せんせい)解説(かいせつ) 

慈悲(じひ)深い(ぶかい)何回(なんかい)何回(なんかい)無限(むげん)慈悲(じひ)下さる(くださる)アッラー(あっらー)御名(みな)において(始めます(はじめます))。

1~5):アリフ(ありふ)ラーム(らーむ)ミーム(みーむ)これは,アッラー(あっらー)(けい)(てん)である。これ(に)は疑い(うたがい)余地(よち)のないことです。その(なか)には,(しゅ)畏れる(おそれる)(もの)たちへの導き(みちびき)がある。(しゅ)畏れる(おそれる)(もの)たちとは,()観察(かんさつ)出来ない(できない)ような世界(せかい)真実(しんじつ)信じ(しんじ)礼拝(れいはい)務め(つとめ)守り(まもり),またわれが授けた(さずけた)すべてのものや(かて)から施し(ほどこし)、われがあなた(ムハッマド(むはっまど))に啓示(けいじ)したもの((せい)クルアーン(くるあーん))とあなた以前(いぜん)(の預言者(よげんしゃ)たち)に啓示(けいじ)したものを信じ(しんじ),また来世(らいせ)堅く(かたく)信じる(しんじる)(もの)たちである。これらの(もの)は,(しゅ)から導かれた(みちびかれた)(もの)であり,また至上(しじょう)幸福(こうふく)成就(じょうじゅ)する(もの)である。

6~7): (まこと)に(こういういろいろなことを)拒む(こばむ)(ひと)たちにあなたが警告(けいこく)しても,また警告(けいこく)しなくても同じ(おなじ)で,(頑固(がんこ)に)信じよう(しんじよう)とはしないのであろう。アッラー(あっらー)は,かれらの(こころ)(みみ)をも封じられて(ふうじられて)いる。また彼ら(かれら)()(うえ)覆い(おおい)被されて(かぶされて)いる。彼らに重い(おもい)懲罰(ちょうばつ)科せられよう(かせられよう)

(~16): また人びと(ひとびと)(なか)には,「わたしたちはアッラー(あっらー)のことと最後(さいご)の(審判(しんぱん)の)()のことを信じる(しんじる)。」と言う(いう)(もの)がいる。だがかれらは信仰者(しんこうしゃ)ではない。かれらはアッラー(あっらー)信仰(しんこう)する(もの)たちを騙そう(だまそう)としている。(実際(じっさい)は)自分(じぶん)自身(じしん)騙して(だまして)いるのに過ぎない(すぎない)のだが,かれらは(それに)気付かない(きづかない) かれらの(こころ)には(やまい)宿って(やどって)いる。アッラー(あっらー)は,その(やまい)をもっと重く(おもく)した。この偽り(いつわり)のために、かれらには手痛い(ていたい)懲罰(ちょうばつ)下されよう(くだされよう)。「あなたがたは,地上(ちじょう)害悪(がいあく)をなしてはならない。」と言われる(いわれる)と,かれらは,「わたしたちは改善者(かいぜんしゃ)にすぎない」と言う(いう)。いゃ,猛犬(もうけん)注意(ちゅうい)(まこと)にかれらこそが害悪(がいあく)をなさる(もの)である。ところが、かれらは(それに)気付かない(きづかない)。「人びと(ひとびと)信仰(しんこう)しているように信仰(しんこう)しなさい。」と言われる(いわれる)と,かれらは,「わたしたちは愚か(おろか)(もの)信仰(しんこう)したように,信じられよう(しんじられよう)か。」と言う(いう)。いや,(まこと)にかれらこそ愚か(おろか)(もの)である。だがかれらは,(それが)分らない(わからない)かれらは信仰(しんこう)する(もの)出会えば(であえば)、「わたしたちは信仰(しんこう)している。」と言う(いう)。だがかれらが仲間(なかま)悪魔(あくま)()シャイターン(しゃいたーん)()たちに出会った(であった)ときに「本当(ほんとう)はあなたがたと(とも)にいるのだ。わたしたちは,(ただ)信者(しんじゃ)たちを)馬鹿(ばか)にしてからかっていただけだ。」と言う(いう)。だがアッラー(あっらー)は,このような連中(れんちゅう)愚弄(ぐろう)し,不信心(ふしんじん)のままに続く(つづく)ように余裕(よゆう)与え(あたえ)当て(あて)もなく盲人(もうじん)みたいに(みち)迷った(まよった)状態(じょうたい)にしている。これらの(もの)(ぜん)導き(みちびき)代わり(かわり)に,邪悪(じゃあく)買った(かった)ので,かれらのこの取引(とりひき)利益(りえき)実る(みのる)ことがありえない。また決して(けっして)彼ら(かれら)正しい(ただしい)(みち)にいる(わけ)でもない。

17~20): かれらの譬えは、ある(ほう)()(あかし)た、それで周囲(しゅうい)明るく(あかるく)なった途端(とたん)に、アッラー(あっらー)彼ら(かれら)()から視力(しりょく)をとりあげてしまった。それで彼ら(かれら)暗闇(くらやみ)(なか)取り残された(とりのこされた)ので,何も見ることが出来ない(できない)。彼らは(つんぼ)(耳が聞こえない)で、()話す(はなす)ことが出来ない(できない))で、盲人(もうじん)(目が見えない(みえない))なので,かれらは(正しい(ただしい)(みち)へ)戻らない(もどらない)であろう。あるいは、彼ら(かれら)(たとえ)は、(そら)から暗闇(くらやみ)雷鳴(らいめい)(かみなりの(おと))と稲光(いなびかり)(ゆき)電光(でんこう))も伴う(ともなう)激しく(はげしく)多量(たりょう)(あめ)降った(ふった)(とき)彼ら(かれら)()恐れて(おそれて)(ゆび)(みみ)差し込む(さしこむ)。だがアッラー(あっらー)は,不信心者(ふしんじんしゃ)たちを全部(ぜんぶ)取り囲まれて(とりかこまれて)いる。稲光(いなびかり)影響(えいきょう)彼ら(かれら)視力(しりょく)がもうそろそろ(かみなり)によって奪われそう(うばわれそう)になっている彼ら(かれら)少し(すこし)でも明るさ(あかるさ)感じた(かんじた)(とき)その(なか)歩み(あゆみ)進める(すすめる)が,暗闇(くらやみ)になれば立ち止まる(たちどまる)。もしもアッラー(あっらー)御望み(おのぞみ)ならば,かれらの聴覚(ちょうかく)視覚(しかく)全部(ぜんぶ)取り上げられる(とりあげられる)本当(ほんとう)アッラー(あっらー)は,すべてのことに全能(ぜんのう)であられる。

(21~22):人びと(ひとびと)よ。あなたがたと,またあなたがた以前(いぜん)(もの)創られた(つくられた)(しゅ)仕えなさい(つかえなさい)恐らく(おそらく)あなたがたはそれで自分(じぶん)()を(現世(げんせい)でも来世(らいせ)でも)守られる(まもられる)であろう。(その御方(おかた)は)あなたがたのために大地(だいち)寝床(ねどこ)みたいに敷いた(しいた)大空(おおぞら)天井(てんじょう)にした、また天から(てんから)(あめ)降らせ(ふらせ),それであなたがたのために(かて)として種々(しゅじゅ)果実(かじつ)実らせた(みのらせた)。だからそれゆえ、あなたがたはそういうことが良く分かっているのに,(唯一(ゆいいつ)なる)アッラー(あっらー)(ほか)同位(どうい)(もの)置いて(おいて)おくのはやめなさい。

(23~24):もしあなたがたが,わがしもべ(モハッマド(もはっまど))に下した(くだした)(けい)(てん)本当(ほんとう)にわれからの啓示(けいじ)であるかいないかのことを疑う(うたがう)ならば,それに類する(るいする)1()(しょう)()スーラ(すーら)()でも作って(つくって)みなさい。それに助けてもらうために、アッラー(あっらー)以外(いがい)にあなたがたは自分(じぶん)支援者(しえんしゃ)だれでも呼んで(よんで)みなさい。((せい)クルアーン(くるあーん)にたいして)もしあなたがた(の疑い(うたがい)を)が真実(しんじつ)思って(おもって)いるならば,それを(すくって)やってみせなさい。もしあなたがたがそれを出来ない(できない)ならば,いや,絶対(ぜったい)出来る(できる)はずもないのだが,それならば,人間(にんげん)(いし)燃料(ねんりょう)とする地獄(じごく)業火(ごうか)恐れなさい(おそれなさい)。それは不信心者(ふしんじんしゃ)のために用意(ようい)されている。

25):信仰(しんこう)して、また自分(じぶん)行い(おこない)がそのとおりにやりなおして、善行(ぜんこう)勤しむ(いそしむ)(もの)たちには,かれらのために,(かわ)がその(した)流れる(ながれる)楽園(らくえん)就いて(ついて)吉報(きっぽう)伝えなさい(つたえなさい)。その楽園(らくえん)果実(かじつ)見た目(みため)現世(げんせ)似た(にた)ような果実(かじつ)見える(みえる)。かれらにはそこで,(かて)として果実(かじつ)食べる(たべる)ために与えられる(あたえられる)(たび)に「これはわたしたちが以前(いぜん)現世(げんせい)与えられた(あたえられた)(もの)だ。」と言う(いう)。またかれらに純潔(じゅんけつ)配偶者(はいぐうしゃ)授けられ(さずけられ)永遠(えいえん)にその(なか)住む(すむ)のである。

(26~27):(まこと)アッラー(あっらー)は、()ごときものと、更に(さらに)小さい(ちいさい)ものをも,比喩(ひゆ)挙げる(あげる)ことを(はじ)のことだと思わない(おもわない)のである。真理(しんり)受け止める(うけとめる)信仰者(しんこうしゃ)たちが、そういう(たとえ)見て(みて)それこそが必ず(かならず)(しゅ)から下された(くだされた)真理(しんり)である、ということを認める(みとめる)。だが不信心者(ふしんじんしゃ)は,「アッラー(あっらー)は,この比喩(ひゆ)一体(いったい)(なに)御望み(おのぞみ)だろうか?」と言う(いう)。このようにアッラー(あっらー)同じ(おなじ)一つ(ひとつ)(たとえ)多く(おおく)(もの)邪悪(じゃあく)方向(ほうこう)向けさせて(むけさせて),また多く(おおく)(もの)を(正しい(ただしい)(みち)に)導かれて(みちびかれて)いる。かれは邪悪(じゃあく)(かた)向ける(むける)のは、罪人外(つみびとほか)は,((だれ)にも)迷わせない(まよわせない)。その罪人(つみびと)()は、確約(かくやく)して置きながら(おきながら)アッラー(あっらー)との約束(やくそく)破る(やぶる)アッラー(あっらー)繋げ(つなげ)命じた(めいじた)ものを断ち(たち)地上(ちじょう)大混乱(だいこんらん)起こす(おこす)。それらの(もの)たちこそは損失者(そんしつしゃ)である。

(28~29):あなたがたはどうしてアッラー(あっらー)のことを拒否(きょひ)出来よう(できよう)か。かれこそは生命(せいめい)のないあなたがたに,生命(せいめい)授けられた(さずけられた)御方(おかた)で、それからあなたがたを死なせ(しなせ)更に(さらに)蘇えらせ(よみがえらせ)更に(さらに)またかれの御許(みもと)帰らせられる(かえらせられる)御方(おかた)です。かれこそは,あなたがたのために,地上(ちじょう)全て(すべて)のものを創った(つくった)(かた)であり,更に(さらに)(てん)創造(そうぞう)向かい(むかい) 7()つの(てん)完成(かんせい)した御方(おかた)です。またかれはすべてのことを熟知(じゅくち)よく知っている している。

(30~33):またあなたの(しゅ)が(先に(さきに)天使(てんし)たちに向かって(むかって),「(まこと)にわれは,地上(ちじょう)代理人(だいりにん)置く(おく)であろう、」と仰せられた(おおせられた)(とき)思い起せ(おもいおこせ)。かれらは申し上げた(もうしあげた)「あなたは地上(ちじょう)秩序(ちつじょ)壊す(こわす)()流す(ながす)(もの)置かれる(おかれる)のですか?わたしたちは,あなたへの称賛をもって賛美と唱念し、またあなたの神聖(しんせい)を一番高貴(こうき)にしていますのに。」それで、かれは仰せられた、(おおせられた)本当(ほんとう)にわれはあなたがたが知らない(しらない)ことを知って(しって)いる。」かれはアーダム(あーだむ)にすべての(もの)()をすっきり教え(おしえ)(つぎ)にそれらを天使(てんし)たちに示され(しめされ),「もし,あなたがた(の考え方(かんがえかた)のとうりで代理人(だいりにん)置く(おく)ことによって地上(ちじょう)秩序(ちつじょ)壊れる(こわれる)ということ)が真実(しんじつ)なら,これらの(もの)()をわれに言って(いって)みなさい。」と仰せられた(おおせられた)。かれらは(答えて(こたえて)申し上げた(もうしあげた)、「あなたの栄光(えいこう)(たた)えます。あなたが,わたしたちに教えられた(おしえられた)ものの(ほか)には,(なに)知らない(しらない)のです。誠にあなたは,全知(ぜんち)にして英明(えいめい)であられます。」かれは仰せられた(おおせられた)。「アーダム(あーだむ)よ,それらの()をかれら(天使(てんし))に告げよ(つげよ)。」そこでアーダム(あーだむ)がそれらの()をかれらに告げる(つげる)と,かれ(主)は,「われは(てん)()奥義(おうぎ)知って(しって)いるとあなたがたに告げ(つげ)たではないか。あなたがたが現わす(あらわす)ことも,隠す(かくす)ことも知って(しって)いる。」と仰せられた(おおせられた)

34): またわれが天使(てんし)たちに,「あなたがた,アーダム(あーだむ)サジダ(さじだ)(あたま)下げる(さげる)こと)しなさい。」と言った(いった)(とき)思い起せ(おもいおこせ)。その(とき),皆サジダ(さじだ)したが,悪魔(あくま)()イブリース(いぶりーす)()だけは承知(しょうち)せず,これを拒否(きょひ)したので,高慢(こうまん)不信仰者(ふしんこうしゃ)仲間(なかま)入った(はいった)

(35~37):われは言った(いった)。「アーダム(あーだむ)よ,あなたとあなたの(つま)とはこの天国(てんごく)(その)住み(すみ)何処(どこ)でも望む(のぞむ)(ところ)で,思う(おもう)存分(ぞんぶん)食べなさい(たべなさい)。だが,この(指定(してい)された)()近付いて(ちかづいて)はならない。そうすればお前たち(おまえたち)不正(ふせい)をなす(もの)になる。」ところが悪魔(あくま)()シャイターン(しゃいたーん)()は,2()(にん)をわれの命令(めいれい)無視(むし)するように(その禁じられて(きんじられて)いた()のことへ)誘った(さそった)。そういうふうにして、かれらが置かれて(おかれて)いた(幸福(こうふく)な)場所(ばしょ)から離れさせた(はなれさせた)。われは,「あなたがたは(天国(てんごく)から地上(ちじょう)へ)落ちて(おちて)行け(いけ)。あなたがたは,互いに(たがいに)(てき)である。地上(ちじょう)には,あなたがたのために一時的(いちじてき)住まい(すまい)と,仮初(かりそめ)生活(せいかつ)生計(せいけい)があろう。」と言った(いった)。その後,アーダム(あーだむ)は,(自分(じぶん)(つみ)許して(ゆるして)もらうために)(しゅ)から御言葉(みことば)授かり(さずかり)(しゅ)はかれの悔悟(かいご)を受け入れた。(まこと)にかれは,寛大(かんだい)許して(ゆるして)くれる慈悲(じひ)深い(ぶかい)御方(おかた)であられる。

(38~39):われは言った(いった)。「あなたがたは(みな)ここから落ちて(おちて)大地(だいち)へ)行け(いけ)。やがてあなたがたにわれの導き(みちびき)が訪れるなら、その導き(みちびき)従う(したがう)(もの)には,恐れ(おそれ)もなく悲しみもないのであろう。だが信仰(しんこう)拒否(きょひ)し,われの啓示(けいじ)やいろいろなしるしを否定(ひてい)する(もの)は,業火(ごうか)住人(じゅうにん)であって,永遠(えいえん)にその(なか)住む(すむ)のであろう。」

(40~46):イスラエル(いすらえる)子孫(しそん)たちよ,あなたがたに施した(ほどこした)われの恩恵(おんけい)思い起こせ(おもいおこせ),われとの約束(やくそく)履行(りこう)しなさい。われはあなたがたとの約束(やくそく)果す(はたす)であろう。われだけを畏れなさい(おそれなさい)。われが下した(おろした)啓示(けいじ)クルアーン(くるあーん))を信じなさい(しんじなさい)。これ(クルアーン(くるあーん))は、あなたがたが以前(いぜん)から持って(もって)いた(けい)(てん)裏付け(うらづけ)である。これを否定(ひてい)するような(もの)先頭(せんとう)になってはならない。また僅か(わずか)代償(だいしょう)で,われから啓示(けいじ)された教え(おしえ)売って(うって)はならない。そしてわれだけを畏れなさい(おそれなさい)(うそ)混じって(まじって)真理(しんり)疑わしく(うたがわしく)するのはいけない,また(確か(たしか)に)知って(しって)いながら,真理(しんり)隠して(かくして)はならない。礼拝(れいはい)()サラート(さらーと))の務め(つとめ)守り(まもり)定め(さだめ)施し(ほどこし)()ザカ(ざか)()(うらな)()をなし,お辞儀(おじぎ) ()ルクーウ(るくーう)()をしている(ひと)たちと(とも)お辞儀(おじぎ)ルクーウ(るくーう))をしなさい。あなたがたは,人びと(ひとびと)善行(ぜんこう)勧めながら(すすめながら)自分(じぶん)では(その実行(じっこう)を)忘れて(わすれて)しまうのか、(けい)(てん)読誦(どくしょう)しているというのに。それでも(なお)理解(りかい)しないのか。忍耐(にんたい)礼拝(れいはい)によって,(アッラー(あっらー)の)御助け(おたすけ)請い願いなさい(こいねがいなさい)。だがそれは,(しゅ)畏れ(おそれ)従順(じゅうじゅん)(もの)以外(いがい)実際(じっさい)難かしい(むずかしい)こと。敬神(けいしん)仲間(なかま)はやがて(おも)会う(あう)こと,かれの御許(みもと)帰り(かえり)行く(いく)ことを堅く(かたく)(こころ)銘記(めいき)している(もの)である。

(47-48):47. イスラエル(いすらえる)子孫(しそん)たちよ,われがあなたがたに恵んだ(めぐんだ)われの恩恵(おんけい)思い起こせ(おもいおこせ)、それとあなたがたを諸世界(しょせかい)(うえ)選別(せんべつ)したことも。そして(だれ)(ほか)(もの)のために身代り(みがわり)になれない()のために,またどんな執り成し(とりなし)許されず(ゆるされず)償い(つぐない)受け入れられず(うけいれられず)また(だれ)一人(ひとり)助ける(たすける)ことの出来ない(できない)()に(その()のために(しゅ)怒り(いかり)恐れ(おそれ)自分(じぶん)()守りなさい(まもりなさい)

(49):そしてわれがあなたがたをフィルアウン(ふぃるあうん)一族(いちぞく)から救った(すくった)(とき)思い起せ(おもいおこせ)。かれらはあなたがたを重い(おもい)(けい)服させ(ふくさせ),あなたがたの男児(だんじ)殺し(ころし)女児(じょじ)生かして(いかして)置いた(おいた)。それはあなたがたの(しゅ)からの厳しい(きびしい)試練(しれん)であった。

(50):またわれがあなたがたのために(うみ)分けて(わけて),あなたがたを救い(すくい),あなたがたが見て(みて)いる(まえ)で,フィルアウン(ふぃるあうん)一族(いちぞく)溺れさせた(おぼれさせた)(とき)のことを思い起せ(おもいおこせ)

(51~52):また,われが40(40)日間(にちかん)(よる)(ひる)にわたり, ムーサー(むーさー)約束(やくそく)結んだ(むすんだ)(とき)のこと(を思い起こせ)。その(とき)あなたがたはかれのいない(あいだ)()(うし)(かみ)として拝し(はいし)た。その(とき)あなたがたは酷い(ひどい)不正(ふせい)行った(おこなった)。それでも,その後(そのご)われはあなたがたを許した(ゆるした)。それであなたがたはもしかしたら感謝(かんしゃ)するであろうと。

(53):(あなたがたそういう不正(ふせい)なことをなしていたのに、それでも)またわれがムーサー(むーさー)に,(けい)(てん)と(正邪(せいじゃ)識別(しきべつ)できる能力(のうりょく)フルカーン(ふるかーん)与えた(あたえた)ことを思い起せ(おもいおこせ)。それであなたがたが正しく(ただしく)導かれる(みちびかれる)のであろうと思って(おもって)のこと。

(54):(この恵み(めぐみ)持って(もって)ムーサー(むーさー)帰って(かえって)来た(きた)(とき)のことを思い起こせ(おもいおこせ)。)その(とき)ムーサー(むーさー)はその(たみ)告げて(つげて)言った(いった)。「わたしの(たみ)よ,(まこと)にあなたがたは,()(うし)(かみ)預かい(あずかい)にして、自分(じぶん)自身(じしん)不正(ふせい)をなした。だからあなたがたの創造(そうぞう)(しゅ)御許(みもと)悔悟(かいご)して帰り(かえり),また(そういうふうな酷い(ひどい)(つみ)起こした(おこした)自分(じぶん)たちの仲間(なかま)殺しなさい(ころしなさい)。そうしたら,創造(そうぞう)(しゅ)御目(おめ)にも叶い(かない),あなたがたのためにもよいだろう。」こうしてかれは,あなたがたの悔悟(かいご)受け入れられた(うけいれられた)本当(ほんとう)にかれは,度々(たびたび)許される(ゆるされる)御方(おかた)で、また慈悲(じひ)深い(ぶかい)御方(おかた)でもあられる。

(55~56):あなたがたが,「ムーサー(むーさー)よ,わたしたちはアッラー(あっらー)をはっきりと見る(みる)までは,あなたを信じない(しんじない)であろう。」と言った(いった)(とき)思い起せ(おもいおこせ)。するとあなたがたが見て(みて)いる(まえ)で,落雷(らくらい)があなたがたを襲った(おそった)。それからわれは,死んだ(しんだ)あなたがたを(あと)甦らせた(よみがえらせた)。それでもしかしたら、あなたがたは感謝(かんしゃ)するであろうと。

(57):われは(くも)(かげ)をあなたがたの(うえ)送り(おくり),そして食べ物(たべもの)としてマンナ(まんな)サルワ(さるわ)下した(おろした)。「われが授ける(さずける)善い(よい)ものを食べなさい(たべなさい)。」(と告げた(つげた))。(これにもかかわらず、あなたの祖先(そせん)はわれの命令(めいれい)違反(いはん)しました。)しかしそれで、(彼ら(かれら)は)われに不正(ふせい)をなしたのではなく、自分(じぶん)自身(じしん)不正(ふせい)をなしたのである。

(58~59):またこう言った(いった)(とき)思い起せ(おもいおこせ)。「あなたがたは,この(まち)入り(はいり)()のままにそこで存分に(ぞんぶんに)食べなさい(たべなさい)。((あたま)低く(ひくく)して)サジュダ(さじゅだ)をしながらその(まち)入り(はいり)()御許し(おゆるし)下さい(ください)()()御許し(おゆるし)下さい(ください)()、と言え(いえ)。われはあなたがたの過ち(あやまち)赦し(ゆるし),また善行(ぜんこう)をする(もの)には(報奨(ほうしょう)を)増す(ます)であろう。だがかれらの(なか)不義(ふぎ)行う(おこなう)(もの)は,かれらに告げた(つげた)言葉(ことば)を,(勝手(かって)に)変えて(かえて)しまった。それでわれは,それら不義(ふぎ)行う(おこなう)(もの)(うえ)天から(てんから)懲罰(ちょうばつ)下した(おろした)。(この懲罰(ちょうばつ)は)度々(たびたび)(わが命令(めいれい)に)背いた(そむいた)ためである。

(60):またムーサー(むーさー)がその(たみ)のために,(みず)求めて(もとめて)祈った(いのった)(とき)思い起せ(おもいおこせ)。われは,「あなたの(つえ)(いわ)打て(うて)。」と言った(いった)。するとそこから,12(12)(いずみ)涌き(わき)出て(でて)各支族(かくしぞく)は,自分(じぶん)水場(みずば)知った(しった)。「アッラー(あっらー)から授かった(さずかった)(かて)を,食べ(たべ)且つ(かつ)飲みなさい(のみなさい)堕落(だらく)して,地上(ちじょう)(あく)広げて(ひろげて)はならない。」

(61):あなたがたが不満(ふまん)でこういう文句(もんく)言った(いった)のを思い起せ(おもいおこせ)。「ムーサー(むーさー)よ,わたしたちは,一色(いっしょく)食物(しょくもつ)だけでは耐えられない(たえられない)から,地上(ちじょう)産する(さんする)ものをわたしたちに与えられる(あたえられる)よう,あなたの(しゅ)祈って(いのって)下さい(ください)。それは野莱(のらい)キュリ(きゅり)穀物(こくもつ)レンズ(れんず)(まめ)タマネギ(たまねぎ)玉葱(たまねぎ)である。」かれは言った(いった)。「あなたがたは,良い(よい)ものの代り(かわり)につまらないものを求める(もとめる)のか。(それなら)あなたがたの望む(のぞむ)ものが求められる(もとめられる)ような,どの(まち)にでも降りて(おりて)行く(いく)がよい」。こうしてかれらは((かみ)慈悲(じひ)対して(たいして)無感謝(むかんしゃ)になっていたので)やがて,屈辱(くつじょく)貧困(ひんこん)押された(おされた),またアッラー(あっらー)激怒(げきど)を受けた。それはかれらが,アッラー(あっらー)のあらゆる(しるし)拒否(きょひ)して信じないで,正当性(せいとうせい)なしに預言者(よげんしゃ)たちを殺害(さつがい)したためである。これもかれらがアッラー(あっらー)命令(めいれい)拒んで(こばんで)(つみ)起こし(おこし)、また(かみ)から定めた(さだめた)制限(せいげん)超えて(こえて)極端(きょくたん)間違い(まちがい)犯して(おかして)いたためである。

(62):(まこと)預言者(よげんしゃ)モハッマド(もはっまど)を)信じる(しんじる)(もの)ユダヤ(ゆだや)教徒(きょうと)キリスト(きりすと)教徒(きょうと)サービア(さーびあ)教徒(きょうと)で,アッラー(あっらー)最後(さいご)の(審判(しんぱん)の)()信じて(しんじて)善行(ぜんこう)勤しむ(いそしむ)(もの)は,かれらの(しゅ)御許(みもと)で,報奨(ほうしょう)授かる(さずかる)であろう。かれらには,恐れ(おそれ)もなく(かな)しみもないのであろう。

(63):またわれがあなたがたと契約(けいやく)結び(むすび),あなたがたの頭上(ずじょう)に(シナイ(しない)で)ツール(つーる)という(やま)持ち上げた(もちあげた)(とき)思い起せ(おもいおこせ)。われがあなたがたに下した(おろした)ものを,しっかり受け取り(うけとり),その(なか)にあるものを銘記(めいき)しなさい,そうすればあなたがたは(かみ)畏れる(おそれる)(もの)になるであろうと。

(64):だがあなたがたは,その後(そのご)背き去った(そむきさった)。もしあなたがたにアッラー(あっらー)恵み(めぐみ)慈悲(じひ)がなかったならば,あなたがたは,きっと失敗者(しっぱいしゃ)になっていたのであろう。

(65~66):またあなたがたは,自分(じぶん)たちの(なか)安息(あんそく)()規定(きてい)破った(やぶった)(もの)就いて(ついて)知って(しって)いる,とわれはかれらに言い渡した(いいわたした)。「あなたがたは(さる)になれ,どこからでも軽蔑(けいべつ)されよ。」われはこうしてあなたがたの悪い(わるい)始末(しまつ)があなたがたの時代(じだい),また後代(こうだい)(もの)()()せしめとし,また(しゅ)畏れる(おそれる)(もの)への訓戒(くんかい)とした。

(67~71):またムーサー(むーさー)が,その(たみ)告げて(つげて)こう言った(いった)(とき)思い起せ(おもいおこせ)。ムーサーは言った:「アッラー(あっらー)は,一頭(いっとう)()(うし)犠牲(ぎせい)供える(そなえる)ことをあなたがたに命じられる(めいじられる)。」かれらは言った(いった)、「あなたは,わたしたちと冗談(じょうだん)を言っているのか?」それでムーサーが答えた、「(アッラーの命令(めいれい)のことで冗談(じょうだん)するような失礼(しつれい)で)アッラー(あっらー)よ,わたしを(あなたの怒りから)御救い(おすくい)下さい(ください)愚か(おろか)(もの)みたいな馬鹿な(はなし)をしないようにと。」かれらは言った(いった)、「あなたの(しゅ)御願い(おねがい)して,それがどんな(雌(うし))か,わたしたちにはっきりさせて下さい(ください)。」かれは言った(いった)。「かれは仰せられる(おおせられる),その(めす)(ぎゅう)老い過ぎず(おいすぎず)また若過ぎ(わかすぎ)もないように。その(あいだ)(ほど)良い(よい)(めす)(ぎゅう))である。さああなたがたが命じられた(めいじられた)ことを実行(じっこう)しなさい。」かれらは言った(いった)、「あなたの(しゅ)御願い(おねがい)して,それが(なん)(いろ)であればいいのか,わたしたちにはっきりさせて下さい(ください)。」かれは言った(いった)、「かれは仰せられる(おおせられる),それは黄金色(こがねいろ)()(うし)で,その色合(いろあい)鮮やか(あざやか)で,見る(みる)(もの)喜ばせる(よろこばせる)ものである。」かれらは言った(いった)。「あなたの(しゅ)御願い(おねがい)して,それはどんな((めす)(うし))か,アッラー(あっらー)正確(せいかく)聞いて(きいて)あたしたちにもっと詳しく(くわしく)はっきりさせて下さい(ください)(たん)()(うし)では,わたしたちにはどうも迷って(まよって)疑わしく(うたがわしく)に思える。もしアッラー(あっらー)御望み(おのぞみ)なら,わたしたちはきっと正しく(ただしく)(その()(うし)を)見つけよう(みつけよう)。かれは(答えて(こたえて)言った(いった)、「かれは仰せられる(おおせられる),それは土地(とち)耕作(こうさく)にも,また(はたけ)灌漑(かんがい)(かわ)(みずうみ)などから引いて(ひいて)きて農地うるおすこと)にも使われない(つかわれない)完全(かんぜん)無傷(むきず)元気(げんき)()(うし)だ。」かれらはやっと叫んだ(さけんだ)、「あなたはやっと(いま)こそ((めす)(ぎゅう)のことを)正しく(ただしく)教えた(おしえた)。」かれらはほとんど犠牲(ぎせい)捧げる(ささげる)()はなかったが,仕方なく(しかたなく)そうした((解説1))

(解説1):イスラエル(いすらえる)子孫(しそん)たちの近隣(きんりん)民族(みんぞく)(めす)(ぎゅう)崇めて(あがめて)いたので、彼ら(かれら)エジプト(えじぷと)から逃げて(にげて)きてから自分(じぶん)たちも同じく(おなじく)子牛(こうし)(かみ)として崇めはじめた(あがめはじめた)。だからアッラー(あっらー)崇めて(あがめて)いた者とぴったり同じ(おなじ)黄金(おうごん)(いろ)()(うし)殺す(ころす)ように命じた(めいじた)

(72~74):また,あなたがたがその事件(じけん)のことを思い起こせ(おもいおこせ)。一人の人間(にんげん)殺し(ころし),それに対して(たいして)互いが(たがいが)争って(あらそって)互いに(たがいに)殺す(ころす)行為(こうい)のことをせめていた。その(とき)のことを思い起せ(おもいおこせ)。だがアッラー(あっらー)は,あなたがたが隠して(かくして)いたことを明るみに出した。われは「その殺された(ころされた)(ほう)遺体(いたい)の一部でかれを打て(うて)。」と言った(いった)。こうしてアッラー(あっらー)死者(ししゃ)甦らせ(よみがえらせ)たことと,(かみ)のその(いん)をあなたがたに示された(しめされた)ことも観察(かんさつ)しなさい。それで必ず(かならず)あなたがたは悟る(さとる)であろう。ところが(そういうふうなアッラー(あっらー)のしるしを見てやっても)その後(そのご),あなたがたの(こころ)(いわ)のように硬く(かたく)なった。いやそれよりも硬く(かたく)なった。誠に(いわ)(なか)から小川が涌き(わき)出る(でる)ものもあり,また割れて(われて)その(なか)から(みず)がほとばしり出る(でる)ものもあり,またアッラー(あっらー)恐れ(おそれ)崩れ落ちる(くずれおちる)もの((いわ))もある。アッラー(あっらー)はあなたがたのなすことについて見落とす(みおとす)御方(おかた)ではない。

(75~82):信仰(しんこう)する人びと(ひとびと)よ、あなたがたは,かれら(ユダヤ人(ゆだやじん))があなたがた(のダアワー(だあわー)で)信じる(しんじる)ことを望めよう(のぞめよう)か。かれらの(なか)一団(いちだん)は,アッラー(あっらー)御言葉(みことば)聞き(きき),それを良く(よく)理解(りかい)していても、それを勝手(かって)変えて(かえて)間違がった(まちががった)意味(いみ)をわざととるようにしている。そしてかれらは,信者(しんじゃ)たちに会う(あう)と,「わたしたちは同じく(おなじく)信じる(しんじる)。」と言う(いう)。だがお互い(おたがい)だけで会う(あう)と,かれらは言う(いう)。「アッラー(あっらー)があなたがたに解明(かいめい)されたことを,わざわざかれら(ムスリム(むすりむ))に知らせて(しらせて)やる場合(ばあい)は,(しゅ)御前(おまえ)で,それは私たち(わたしたち)対して(たいして)不利(ふり)証拠(しょうこ)として(ムスリム(むすりむ)(など))が出せる(だせる)だろう。あなたがたは(自分(じぶん)対して(たいして)こういうふうに不利(ふり)になることが)分からない(わからない)のか。かれらは知らない(しらない)のであろうか?アッラー(あっらー)はかれらの隠す(かくす)ことも,現わす(あらわす)ことも全部(ぜんぶ)知り尽くされてる(しりつくされてる)ことを。またかれらの(なか)には,(けい)(てん)知らない(しらない)文盲(もんもう)団体(だんたい)一部(いちぶ)もいる。かれらは(ただ)虚しい(むなしい)(なん)根拠(こんきょ)もないような願望(がんぼう)持ち(もち)勝手(かって)無意味(むいみ)臆測(おくそく)だけで走って(はしって)いる。(ここまでジュズ(じゅず)/30やパラ(ぱら)第一(だいいち)アリフ(ありふ)ラーム(らーむ)ミイム(みいむ)半分(はんぶん)になりました)。災い(わざわい)あれ,自分(じぶん)()(けい)(てん)書きこんで(かきこんで),「これはアッラー(あっらー)から下った(くだった)ものだ。」と言う(いう)(もの)に。僅か(わずか)代償(だいしょう)得る(える)ために。災い(わざわい)あれ,自分(じぶん)()勝手(かって)に((けい)(てん)を)記した(きした)(ひと)たちに。彼ら(かれら)がそれによって得る(える)ことは彼ら(かれら)堕落(だらく)につながります。そしてかれらは,「業火(ごうか)がわたしたちに触れる(ふれる)のは,一定(いってい)日数(にっすう)だけだ、」と言う(いう)。かれらに聞いて(きいて)やるがいい、「(そのことに対して(たいして))あなたがたは,アッラー(あっらー)とその約束(やくそく)結んだ(むすんだ)のか?それでアッラー(あっらー)決して(けっして)その契約(けいやく)破らない(やぶらない)、と言う(いう)のか」。あるいは、あなたがたは,アッラー(あっらー)就いて(ついて)知り(しり)もしない(こういう無責任(むせきにん)な)ことを()にしようとするのか。」いや、どうしてあなたがたには業火(ごうか)触れない(ふれない)のか?(だれ)でも悪い(わるい)行い(おこない)重ね(かさね)自分(じぶん)(つみ)()動き(うごき)出来なく(できなく)なるような(もの)(みな)業火(ごうか)住人(じゅうにん)になるのである。その(なか)永遠(えいえん)住む(すむ)のであろう。だが信仰(しんこう)して善行(ぜんこう)勤しむ(いそしむ)(もの)楽園(らくえん)住人(じゅうにん)である。その(なか)永遠(えいえん)住む(すむ)のである。

(83~86):われがイスラエル(いすらえる)子孫(しそん)と,約束(やくそく)結んだ(むすんだ)(とき)のことを思い起せ(おもいおこせ)。(その(とき)われは言った(いった)、)「あなたがたはアッラー(あっらー)(ほか)に,(なに)ものも崇めて(あがめて)はならない。父母(ふぼ)孝養(こうよう)をつくし,近親(きんしん)孤児(こじ)貧者(ひんじゃ)を親切に扱い(あつかい)人びと(ひとびと)善い(よい)言葉(ことば)話し(はなし),サラート(礼拝(れいはい))の務め(つとめ)守り(まもり)ザカート(ざかーと)定め(さだめ)喜捨(きしゃ))をしなさい。」だが,あなたがたの(なか)少数(しょうすう)(もの)除き(のぞき)背き去った(そむきさった)。またわれが,あなたがたと固い(かたい)約束(やくそく)結んだ(むすんだ)(とき)のことを思い起せ(おもいおこせ)。「あなたがたは仲間(なかま)()流して(ながして)はならない。またあなたがたの同胞(どうほう)生れた(うまれた)土地(とち)から追い出して(おいだして)はならない。」そこであなたがたは,これを確かめて(たしかめて)承認(しょうにん)し、自ら(みずから)それに納得(なっとく)証言(しょうげん)もしたのである。それにも拘らず(かかわらず)その後(そのご)同胞(どうほう)方々(かたがた)殺し合ったり(ころしあったり)生れた(うまれた)土地(とち)から追い出したり(おいだしたり)不正(ふせい)侵害(しんがい)基づいて(もとづいて)彼ら(かれら)対立(たいりつ)するような同盟(どうめい)をつくったりしているのはあなたがたであり。またかれらが捕虜(ほりょ)となった(とき)身代金(みのしろきん)取って(とって)いる。かれらを元々(いえ)から追放(ついほう)したこと(自体(じたい))が,違法(いほう)であるのに。あなたがたは(けい)(てん)一部分(いちぶぶん)信じて(しんじて)一部分(いちぶぶん)拒否(きょひ)するのか?あなたがたの(なか)にこんなことをする(もの)(ばつ)は,現世(げんせ)における屈辱(くつじょく)以外(いがい)(ほか)(なに)であろう?また審判(しんぱん)()には,最も(もっとも)重い(おもい)懲罰(ちょうばつ)処せられよ(しょせられよ)う。アッラー(あっらー)はあなたがたの行う(おこなう)ことを見逃されない(みのがされない)。これらの人びと(ひとびと)は,来世(らいせ)の(至福(しふく)の)代りに(かわりに)現世(げんせ)の(一時的(いちじてき)な)生活(せいかつ)購った(あがなった)(もの)である。結局(けっきょく)かれらの懲罰(ちょうばつ)軽減(けいげん)されず,また助け(たすけ)得られない(えられない)であろう。

(87~90):こうしてわれはムーサー(むーさー)(けい)(てん)授け(さずけ)使徒(しと)たちにその(あと)継がせた(つがせた),またわれはマルヤム(まるやむ)()イーサー(いーさー)に,明証(めいしょう)授け(さずけ)更に(さらに)聖霊(せいれい)でかれを強めた(つよめた)。それなのにあなたがた(ユダヤ人(ゆだやじん)たち)のこういう習癖(しゅうへき)がおかしいではないか,使徒(しと)自分(じぶん)たちの欲望(よくぼう)反した(はんした)(なに)教え(おしえ)持って(もって)きたら、それに対して(たいして)反抗的(はんこうてき)倣慢(ほうまん)になって、ある(もの)教え(おしえ)(うそ)と言って否定(ひてい)したり、またある(もの)殺害(さつがい)した。かれらは「わたしたちの(こころ)覆われて(おおわれて)いる(それで自分たちの考えも信仰も絶対変えることがあり得ない)」と言う(いう)。そうではない,アッラー(あっらー)はかれらの無信仰(むしんこう)のゆえにかれらを呪ったのである。したがって信仰(しんこう)入る(はいる)(もの)極めて(きわめて)少ない(すくない)のである。また(いま)アッラー(あっらー)御許(みもと)から(けい)(てん)クルアーン(くるあーん))が下された(くだされた)のに、それをかれらがどういうふうに受け取って(うけとって)いるのでしょうか?これがかれらは以前(いぜん)から所持(しょじ)していたものを更に(さらに)確証(かくしょう)しているにも拘わらず(かかわらず)、また彼ら(かれら)が(その(けい)(てん)お蔭(おかげ)アッラー(あっらー)に)以前(いぜん)から不信心(ふしんこころ)(もの)対し(たいし)勝利(しょうり)御授け(おさずけ)下さい(ください)願って(ねがって)いたにも拘らず(かかわらず)()()彼ら(かれら)希望(きぼう)していたように)その(けい)(てん)らしきもの(クルアーン)がきてしまって、またそれが自分(じぶん)期待(きたい)して待って(まって)いたとうりの正しい(ただしい)ものである、ということが自分(じぶん)真心(まごころ)(そこ)良く(よく)見分けて(みわけて)いても,かれらは(ぎゃく)にそれを拒んで(こばんで)わざと信じる(しんじる)ことを拒否(きょひ)した。(それで)アッラー(あっらー)呪い(のろい)必ず(かならず)不信心者(ふしんじんしゃ)(うえ)下る(くだる)であろう。(なん)といやな習癖(しゅうへき)彼ら(かれら)自己(じこ)満足(まんぞく)しているのでしょうか、かれらがアッラー(あっらー)下された(くだされた)(けい)(てん)信じない(しんじない)のは,アッラーがよいとした(しもべ)モハッマド(もはっまど))に下された(くだされた)恩恵(おんけい)嫉む(そねむ)ためである。それでかれらは,アッラーの怒り(いかり)(うえ)怒り(いかり)招いた(まねいた)。こういうふうな不信心者(ふしんじんしゃ)()ずべき懲罰(ちょうばつ)受ける(うける)であろう。

(91~93):かれらに向かって(むかって),「あなたがたは,アッラー(あっらー)下された(くだされた)ものを信じなさい(しんじなさい)。」と言われる(いわれる)と,かれらは,「わたしたち(ユダヤ人(ゆだやじん))は,わたしたちに下された(おろされた)ものだけを信じる(しんじる)。」と言う(いう)。それ(モハッマド(もはっまど)下さった(くださった)もの)は正しくて(ただしくて)真実(しんじつ)であって、彼ら(かれら)以前(いぜん)から所持(しょじ)しているもののことも確証(かくしょう)しているのに、それは信じない(しんじない)、と言う(いう)。言ってやるがいい、「あなたがたがもし自分たちが信者(しんじゃ)である、と言うならば,何故(なぜ)以前(いぜん)アッラー(あっらー)預言者(よげんしゃ)たちを殺害(さつがい)したのか?」(まこと)ムーサー(むーさー)は,あらゆる明証(めいしょう)をもってあなたがたの(もと)にやって来た(きた)。ところがそれでもあなたがたはあまりにも不正(ふせい)行為(こうい)で,かれのいない時仔(ときこ)(うし)(かみ)として拝み(おがみ)不義(ふぎ)()となったのである。またわれが,あなたがたの(うえ)に(シナイ(しない)(やま)(なか)ツール(つーる)言う(いう)(やま)持ち上げて(もちあげて)契約(けいやく)結んだ(むすんだ)(とき)のことを思い起せ(おもいおこせ)。「われがあなたがたに下した(おろした)ものをしっかりと受け止めて(うけとめて),(われのその教え(おしえ)良く(よく)聞きなさい(ききなさい)。」あなたがたの祖孫(そそん)は(答えて(こたえて))「わたしたちは聞く(きく),だが従わない(したがわない)。」と言った(いった)。この不信心(ふしんじん)のゆえに,かれらは,()(うし)(を(かみ)扱い(あつかい)にするような間違った(まちがった)信仰(しんこう))を(こころ)(なか)飲み込んで(のみこんで)しまった。言って(いって)やるがいい、「もしあなたがたに信仰(しんこう)があるならば,あなたがたのそのへんな信仰(しんこう)がこういう過ち(あやまち)のことを平気(へいき)命じて(めいじて)いる(のがおかしではないか」。

(94~96):言って(いって)やるがいい:「アッラー(あっらー)御許(みもと)の,来世(らいせ)における住まい(すまい)が,あなたがた(ユダヤ人(ゆだやじん))だけの特別(とくべつ)なもので,(そと)の人びとは入れない(はいれない)ものであると。あなたがたが正しい(ただしい)というならば,素直(すなお)()願い出よ(ねがいでよ)。」だがかれらは, 予め(あらかじめ)犯した(おかした)(つみ)の)ために,決して(けっして)()望まない(のぞまない)であろう。アッラー(あっらー)は,不義(ふぎ)行う(おこなう)(もの)良く(よく)熟知(じゅくち)している。かれらこそ現世の欲望に最も(もっとも)執着(しゅうちゃく)する連中(れんちゅう)であることを,あなたは知る(しる)であろう。多神教(たしんきょう)()よりも(なが)生き(いき)強い(つよい)希望(きぼう)もっている。それぞれ千年(せんねん)寿命(じゅみょう)望んで(のぞんで)いる。だがどんなに(なが)生き(いき)があっても彼ら(かれら)が来世の懲罰(ちょうばつ)からは免れない(まぬがれない)であろう。アッラー(あっらー)はかれらがどういうふうな行い(おこない)をなさっているのか、それのすべてを御存知(ごぞんじ)であられる。

(97~98):かれらに言って(いって)やるがいい:「ジブリール(じぶりーる)使徒(しと)天使(てんし))に敵対(てきたい)するのは(だれ)であっても、その(かた)分かる(わかる)べきことは、(まこと)にかれ(ジブリール(じぶりーる))こそは,アッラー(あっらー)御許し(おゆるし)により,このクルアーン(くるあーん)をあなた(モハッマド(もはっまど))の(こころ)に((しゅ)啓示(けいじ)として)下す(おろす)(もの)である。それが以前(いぜん)教え(おしえ)にあるものを確証(かくしょう)し,また信者(しんじゃ)への導き(みちびき)至福(しふく)吉報(きっぽう)として下さった(くださった)ものである。(もしジブリール(じぶりーる)敵対(てきたい)理由(りゆう)はこれであれば、彼ら(かれら)に言え)もしアッラー(あっらー)とかれの諸々(もろもろ)天使(てんし)使徒(しと)およびジブリール(じぶりーる)ミーカール(みーかーる)敵対(てきたい)する(もの)があれば、アッラー(あっらー)こそ(まこと)にこういう不信心者(ふしんじんしゃ)にとっては(てき)である。」

(99~103):われは,クルアーン(くるあーん)のあらゆる(せつ)があなたに下した(おろした)のがそれは明白(めいはく)真実(しんじつ)述べる(のべる)ようなものである。これに従わないで(したがわないで)拒否(きょひ)するのは、悪い(わるい)行い(おこない)常に(つねに)なさっている(もの)以外(いがい)(ほか)がないであろう。かれら(ユダヤ人(ゆだやじん))は約束(やくそく)結ぶ(むすぶ)(たび)に,その(なか)一派(いっぱ)(もの)が,それを放棄(ほうき)する。いや,かれらの多く(おおく)は(元来(がんらい)真心(まごころ)信じない(しんじない)のであろう。使徒(しと)アッラー(あっらー)御許(みもと)からやって来て(きて),かれらの以前(いぜん)からの所持(しょじ)するものを確証(かくしょう)すると,(けい)(てん)(たみ)